湧き水のごとく

湧き水の五徳

 

天然素材ヒロロ草のバッグを創られている方と

栃木で出逢って数日しか経っていない日曜日、

なんと

埼玉へ『ひょっこり』(流行ってますね)

来てくださいました。

 

あの時とおんなじ

『え?』

『うそでしょう?』

『栃木から来て下さったのですか?』

『こんなに早く来てくれたなんて・・』

『嬉しいです!』

と吃驚し、平穏な凪から

さざ波へとお店の空気が変わります。

 

驚かせたりすることがすきそうな静かな笑顔が印象的です。

茶目っ気があり

行動力と興味の幅がある方なのかなと

思い、こころに嬉しさの波が立って来ました。

 

なにもかも

失くした(実際にはなにもかもではなく、あるものはあり、

失くしたものもあったのですが・・)

と思っていたときから

考えると

生かしてくれる言葉のひとつひとつに救われてきました。

そして出逢ったひとの数と

新しいつながりにも有り難く感じています。

 

思えば

これも私の忘れていた眠らせていた才能のひとつでした。

 

壁をつくる

枠をつくる

こうでなくちゃいけない

それが普通なのだと当たり前なのだと思い込んだその日から

幅が狭くなってしまっていたのだとひしと感じる近頃です。

 

気になること、気付いたら後回しせず

すぐとりかかってみることを念頭に

時間のかかりそうな事柄は頭の片隅に

時間がとれたときには再びとりかかる。

なるべくお応えしようとしています。

 

ヒントやお題も楽しもう。

 

自分の素敵なことや素敵なものとともに暮らそう。

 

だれしもいつからでも成長できる。

 

少し毛色が変わりまして

 

今朝がた入ったキーワード『春画』について。

オープンにされずタブー視されることの多い(?)男女の営み

(うまい言い方が浮かびません。

本来は神秘的なことであるはずです。)

がアートへ昇華・認知されつつあります。

 

浮世絵の世界のひとたち・絵師が残された木版画

猪口の高台内に描かれた作品の数々があります。

人間の欲のひとつから生まれた作品たちです。

需用と供給の濃縮されたミクロ版といったかんじでしょうか。

ですが手を抜くことなかれ

北斎など現在では著名で秀逸な作家さんがいる

浮世絵に関して云えば

絵師が描いたモノを木版画に掘り起こし

刷り上げる。

猪口に関して云えば

こんなにも狭い空間に緻密に描きあげたのには、

かなりの腕と技がいったのではないかなと

うーむと唸ってじっと細部まで見入ってしまいます。

しかも猪口は呑んでいるうちには見えず

もうご馳走様と猪口をひっくり返すと

見える仕組みであったりして

或る意味なかなかの遊び心があったりします。

 

芸術作品は素敵。作品を作り上げるまでに作品と向き合い

これがいまできるいちばんのモノですと

細部に響き渡る美の結晶。

 

どの作品も素敵。

たとえクールであっても熱と温かみをうちに秘めたアート。

 

栃木からの来訪者さんの笑顔と背中を見て

さらさらと流れでる透き通った湧き水の如く

さらに実感するのでした。

 

 

筆 一月三舟